時間を家計簿みたいにつける話を書いたのが6月。あのときは記録を始めて10日で、「自分の時間がないと言っていたのに、実測では1日3時間ほどあった」というところで終わっていた。
あれから39日ぶんが貯まった。今回はその続きで、総量ではなく中身を割った話を書く。結論から言うと、感覚とのいちばん大きなズレはここにあった。
まず、39日ぶんの全体像
2026年6月17日から7月26日まで、記録できた39日ぶんのカテゴリ別1日平均がこれだ。
| カテゴリ | 1日平均 |
|---|---|
| 睡眠 | 7.49h |
| 仕事 | 5.51h |
| 家族 | 3.54h |
| 自分の時間 | 2.77h |
| 投資・副業 | 1.15h |
| その他 | 1.09h |
| 通勤 | 0.79h |
| 家事 | 0.24h |
| 入浴 | 0.12h |
| 運動 | 0.03h |
前回わざわざ独立カテゴリに立てた入浴が1日0.12時間、つまり約7分。これを見て、僕は「通勤・入浴を再定義する」という自分のスローガンから、入浴のほうを静かに降ろした。7分をどう再定義しても、取り戻せる量がそもそもない。しかも入浴の時間帯は子どもと不可分で、切り離せる性質のものでもなかった。
一方で通勤は39日で31時間。1日平均に均すと0.79時間だが、これは在宅の日を含めた平均なので、出社した日はだいたい2時間だ。しかも記録の中に、通勤だけで4.5時間が消えた日が1日ある(日帰りの出張だった)。再定義の本命はやはりこっちだ、と数字が言っている。
数字にする効能は、実はこういうところにある。やる価値のあることが分かるより先に、やっても仕方ないことが消える。
裁量時間を「中身」で割ってみた
ここからが本題。「自分の時間」「投資・副業」「運動」の3つを、自分で使い道を選べる裁量時間としてまとめると、39日で153.8時間、1日あたり3.94時間あった。
前回「思ったよりあるじゃないか」で止めていた部分だ。今回はこれを、記録に書いてある内容の文字列で割った。いちばん大きかった項目はこうだ。
| 中身 | 時間 | 裁量に占める割合 |
|---|---|---|
| AIと一緒の道具作り(このブログで書いてきたツール群) | 48.8h | 31.7% |
| 映像作品を観る(アニメ・映画・ドラマ・TV) | 15h前後 | 10%前後 |
| ゲーム | 14h前後 | 9%前後 |
| 英会話レッスン | 3.5h | 2.3% |
| 泊まりで温泉に行った1回 | 11.0h | 7.1% |
はっきりした。僕の裁量時間の約3分の1は、道具作りに溶けている。
これは正直、書き出すまで自覚がなかった。「自分の時間がない」と言い続けていた当人が、実は自分の時間の3割を、家庭を自動化する道具の開発に投じていたわけだ。しかもその道具群の中には、時間を記録するこの道具そのものも含まれている。時間を測る道具を作るために時間を使い、その時間が計上されている。
「時間がない」の正体は、たぶん配分ではなかった
数字を見て考え直したことがある。
僕がずっと「自分の時間がない」と感じていたのは、量の問題ではなかった。1日3.9時間は、子ども2人がいる会社員としては、むしろ確保できているほうだろう。問題はその3.9時間のほとんどが、子どもが寝たあとの、夜の同じ時間帯に固まっていることだった。
夜の裁量時間は、疲れていて、翌日の睡眠と引き換えで、しかも中断されない代わりに誰とも共有できない。だから道具作りのような「一人で黙々とやる作業」と相性が良すぎて、そればかりが積み上がる。逆に、昼の明るい時間に自分で選べる時間——たとえば釣りに行くとか、体を動かすとか——は、実測でほぼゼロだ。
実際、運動カテゴリは39日で1.0時間しかない。ただしこれは記録の粗さもあって、ランニングやジムの2〜3時間が「自分の時間」のほうに入ってしまっている。自分でカテゴリを決めているのに、自分でブレる。これは実測の限界として正直に書いておく。それを全部足し直しても、体を動かした時間は裁量の4%に届かない。ゲームや映像作品より少ない。
「時間がない」の正体は、総量の不足ではなく時間帯の偏りだった。これは前回の記事では見えなかったことだ。
で、その時間は「効いた」のか——★と☆を一言だけ
ここまでは全部、時間がどこへ行ったかの話だ。もうひとつ知りたいのは、その時間が良かったのかどうかである。
やり方はさんざん迷った。1日の終わりに「今日の満足度は何点」と点数をつける方式は、最初に却下した。1日ぶんをひとつの数字に潰すと、良かった時間と悪かった時間が混ざって何も分からなくなるし、そもそも点数をつけるのが面倒で続かない。
そこで、夜に一日を振り返るついでに**「今日いちばん効いた時間」と「今日いちばんもったいなかった時間」を一言ずつ言うだけ**にした。該当するブロックに ★ と ☆ の印がつく。それだけ。相関も回帰も計算しない。ブロック単位の申告を、あとで数えるだけだ。
39日分でついた印がこれ。
| ★ 効いた | ☆ もったいなかった | |
|---|---|---|
| 家族 | 3 | 1 |
| 自分の時間 | 2 | 2 |
| 睡眠 | 0 | 2 |
まだ合計10件しかない。毎日つけているわけではないので、傾向を語れる量ではないというのが正直なところだ。それでも今のところ、★は家族と過ごした時間に集まり、☆は「夜ふかしして翌日の睡眠を削った」に集まっている。
そして興味深いのは、裁量時間の3割を占めている道具作りに、★も☆もほとんどついていないことだ。楽しくないわけではない。ただ、一日の終わりに「今日いちばん効いた」と口をついて出るものではない、ということらしい。そこは自分でも意外だった。
可視化はするが、最適化はしない
前回の記事で「可視化が先、最適化は後」と書いた。この方針は今回も変えていない。
★の少ない使い方をやめる、という運用にはしないつもりだ。★がつかない時間にも意味はある。道具作りがまさにそれで、その日の満足度には効かないが、週末の献立を考えなくて済むとか、払い忘れの課金が消えるとか、後から効いてくるものが確実にある。日次の申告は、そういう遅れてくるリターンを絶対に拾えない。
だから★☆は「削る根拠」ではなく、自分が何に手応えを感じているかの、ただの観測記録として扱う。数字に自分を合わせにいくと、たいてい記録のほうが先に嘘をつき始める。
記録メモ: 時間の使い方を測って最初に得たものは、改善案ではなく諦めだった。入浴7分を再定義しようとしていた自分に、数字が「そこじゃない」と言ってくれた。手を打つ前に、手を打たなくていい場所が分かる。地味だが、これが実測のいちばんの効能だと思う。
次に知りたいのは、通勤の2時間の中身だ。ここは記録上まだ「通勤」としか書いていない、まっさらな2時間になっている。裁量時間の偏りが夜に寄っているなら、朝のこの2時間こそ、いちばん手つかずの資源ということになる。