連載「家庭OS」 第19回 / 全19回

39個ある自作の道具のうち、いくつが本当に使われているのかを数えた


この連載では、ずっと「作った話」を書いてきた。時間を測る道具、子どもの一言を残す道具、健康のグラフを描く道具、それらが動いているかを見張る道具。

今回は逆の話をする。減らす話だ。

きっかけは、ちょっと間抜けな事件だった。


打ち止めたはずの道具が、3日間回り続けていた

夏に、ひとつの観測ツールを打ち止めにした。3週間データを取って、期待していた効果が無いことがはっきりしたので、実弾を入れる前に畳んだ。判断としては正しかったと思う。

問題はその3日後だ。何かの拍子にタスクスケジューラの一覧を眺めていて、気がついた。

止めたはずのジョブが、全部まだ生きていた。

毎日走るもの、12時間おきに走るもの、そして15分おきに走るもの——最後のは1日96回だ。「もうやらない」と決めた3日間で、300回近く律儀に動いていたことになる。

決めたのは私だ。止め忘れたのも私だ。そのときに初めて、「やめると決めること」と「止めること」がまったく別の作業だったと気づいた。頭の中では1つのことだったのに、実際には2つあって、私は片方しかやっていなかった。

もうひとつ悪いことがあった。私は道具の死活監視を持っていて、毎週月曜に「この道具、しばらく動いてませんよ」と教えてくれる。監視対象を止めてチェックだけ残すと、毎週必ず赤が出る。 そして赤が常態化すると、本物の異常がその中に埋もれる。止めるときは、見張るのも一緒に止めないといけない。

死活監視は「使われているか」を見ていない

この一件で、自分の監視には穴があると分かった。

見ているのは「動いているか」だけなのだ。「役に立っているか」はどこにも映っていない。

道具が5個や10個なら、それでいい。全部覚えていられる。でも数十個になると、静かに生き続けているが誰も見ていない層が必ず溜まる。そしてそれは死活監視には出ない。むしろ「正常です」と毎朝報告されてしまう。

そこで、全部の道具について維持コストと実使用を突き合わせてみることにした。

「作るのにかかった時間」は測らないことにした

最初は「作るのにどれだけかけたか」を出そうとして、やめた。

理由は2つある。ひとつは、AIとの会話ログが数ヶ月ぶんしか残っていないので、古い道具ほど「タダで手に入った」ように見えてしまうこと。これは致命的な偏りで、順位が完全に狂う。

もうひとつは、もっと本質的な話だ。作った時間は、もう戻ってこない。 何時間かけたかは、畳むかどうかの判断には一切効かない。「せっかく20時間かけたのに」は、判断を間違えさせるだけの感情だ。

だから測る対象を維持コストに変えた。直したり、拡張したり、壊れて調べたりする時間。これは今も毎月出ていっているので、判断に効く。

実使用のほうは、会話の中でその道具のスクリプトを何回実行したかで数えた。

結果

観測できたのは約4ヶ月ぶん。その間の総活動時間122時間のうち、99時間がどれかの道具に按分できた。道具の候補は39個(うち3つはスクリプトを持たない書類置き場なので、判定からは外した)。

維持コストと実使用で4つに分けると、こうなった。

🔵 軽いのに使われている(5個)

費用対効果でいちばん良い層。 ゲームを始めると重い常駐物を勝手に止めてくれる小道具、健康データの取り込み、外出先からスマホでPCのAIに指示を出す仕組み

共通点がはっきりしていて、作った後に一度も直していない。要件が単純で、外の世界に依存していない。壊れないものは、安い。

🟢 維持は重いが、ちゃんと使われている(13個)

投資が効いている層。家計と資産の集計まわりがここに入る。毎月確実に触るし、確実に使う。重いのは仕方ない。

⚪ 軽くて、使われていない(14個)

放置でいい層。ここが一番多かったのは、正直ちょっと安心した。作ったけど使っていない道具の大半は、少なくとも維持費を食っていない。存在を忘れているだけで、害はない。

畳むより、忘れておくほうが安いものはある。

🔴 維持が重いのに、使われていない(4個)

そして問題の層。ここに入ったのは4つで、中身が自分でも意外だった。

  1. AIの設定ファイルそのもの(4ヶ月で10.6時間)
  2. 静岡の子育てイベントを集めてSlackに流す道具
  3. このブログのアクセス解析
  4. このブログ自身

1番はまあいい。道具ではなく土台なので、時間がかかるのは当然だ(とはいえ10時間は多い)。

刺さったのは3番と4番だった。

私は、書くための道具に時間を使って、書く時間を減らしていた。

アクセス解析の仕組みを整え、計測の配線を直し、数字の取り方を議論している時間。それ自体は楽しいのだが、その間に記事は1本も増えていない。しかも読者はまだほとんどいないので、測っているものはほぼゼロだ。

これは連載の第1回で書いた「自分の時間がない」という問題の、きれいな再演だった。時間の使い道を測ったときも、裁量時間の3割が道具作りに消えていた。今回のは、その道具作りの中でさらに一段メタに登っていた、という話になる。

この数字を信じすぎないための注意書き

正直に書いておかないといけない限界がある。

実行回数は「会話経由」でしか数えられていない。 タスクスケジューラで夜間や早朝に勝手に走っているぶんは、ログに残らないので0回として扱われる。

だから、毎日ちゃんと働いている道具が「使われていない」側に落ちている。 妻の通勤路の渋滞をチェックする道具も、土曜の朝に週末の過ごし方を1案だけ言い切る道具も、⚪の側にいる。実際には毎週動いていて、実際に役に立っている。

つまりこの表が測っているのは「私が手で触った回数」であって、「役に立った回数」ではない。そこを混同すると、いちばん静かに効いている道具から順に畳むことになる。測れたものを重要なものだと思い込むのは、計測を始めた人間が最初に踏む罠だ。

それでも、🔴の4つが浮かんだだけで元は取れたと思っている。あの4つは全部、私が会話の中で実際に時間を溶かしていたもので、そこには誤差がない。

何を畳んだか

結局、この分析で畳んだ道具はゼロ個だ。

代わりにやったのは2つ。

ひとつは、打ち止めを決めた道具の自動実行を止めて、死活監視のリストからも同時に外したこと。「決める」と「止める」と「見張るのをやめる」の3つをセットにする、という手順にした。

もうひとつは、🔴に入った道具に手を入れるとき、ひと呼吸置くようにしたこと。畳むほどではないが、「これは今月やる価値があるか」を1回だけ自分に聞く。 それだけで、アクセス解析の配線を延々といじる夜が1つ2つ減った。

記録メモ: 道具を増やし続けると、いつか「作る楽しさ」と「使う価値」がずれてくる。ずれていることは、動いているかどうかを見張っているだけでは絶対に分からない。維持コストと実使用を並べたとき、いちばん赤かったのがブログとアクセス解析——つまりこの文章を書くための道具だったのは、笑うところであり、たぶん一番大事なところだ。作るのをやめる必要はないけれど、何を作っているのかは年に何回か数えたほうがいい。


連載のしめくくりでは「増やす道具と同じ熱量で、見張る道具にも投資する」と書いた。今回それに1行足すなら、こうなる。

見張る道具と同じ熱量で、数える道具にも投資する。 動いているかではなく、使われているかを。