前回の地図の最後に「まずは時間を数字にする話から書く」と予告した。家庭OSの中で、いちばん効いている道具がこれだからだ。
そもそもの始まりが「自分の時間がない」だったので、連載の中核として最初に書いておきたい。
お金は家計簿でわかるのに、時間はわからない
家計のことは、家計簿をつけ始めてからずいぶん見通しが良くなった。何にいくら使ったかが月次で並ぶと、「ここは削れる」「ここは満足度が高いから残す」という判断ができる。
なのに、時間については同じことをやっていなかった。1日が終わると「今日も時間がなかった」という感覚だけが残って、その時間が実際どこへ溶けたのかは誰も知らない。感覚で「忙しかった」と言っているうちは、手の打ちようがない。
だから、時間も家計簿のようにつけることにした。名付けて時間会計。お金の家計簿の、時間版だ。
つけ方は「実績ベース」で「あとから」
ポイントは2つある。
ひとつは実績ベースだということ。「明日はこう使うぞ」という計画表ではなく、「今日は実際どう使ったか」を後から記録する。計画は守れないと記録が止まるが、起きたことの記録なら淡々と続く。家計簿が予算ではなくレシートの集計であるのと同じだ。
もうひとつは、記録のために新しい接点を増やさないこと。我が家にはすでに「夜に一日を一言で振り返る」習慣がある。時間会計はそこに相乗りさせた。夜、その日を話すついでに時間も拾う。専用の通知を別に立てて「さあ記録しましょう」とやると、それ自体が面倒で続かないからだ。
仕組みとしては、まずカレンダーの確定予定で1日の骨格を作る。会議や予約はもう時刻が決まっているので、そこは聞くまでもない。骨格の隙間、つまり「予定になっていない時間」だけを会話で埋めていく。さらに、自宅の写真サーバーに上がったその日の写真を時刻でまとめて、「この時間帯に家族で何かあった」という手がかりにも使っている。写真は連写が多くて枚数=時間ではないので、あくまで思い出すきっかけ。前後の実際のブロックは自分で答える。
通勤と入浴を、わざわざ独立カテゴリにした
設計でひとつだけこだわったことがある。通勤と入浴を「なんとなく消える時間」に丸めず、独立したカテゴリとして立てたことだ。
ふつうなら、通勤も入浴も「雑」とか「生活」にまとめてしまいたくなる。でもそうすると、いちばん見たいものが見えなくなる。僕にとっての「自分の時間問題」の主戦場は、まさにこの毎日必ず溶けていく固定時間だ。ここを再定義できないか——通勤の使い方を変える、入浴の位置づけを変える——というのが、ずっと考えていたテーマだった。
独立カテゴリにしておけば、何か手を打ったときに、その効果が配分の変化として後から見える。「通勤を変えた」つもりでも数字が動かなければ気のせいだし、動けば手応えになる。丸めてしまうと、この検証ができない。
10日つけてみたら、こうなった
まだ始めたばかりだが、実際にどう出るかを見せたほうが早い。ある月の、記録できた10日ぶんのカテゴリ別合計がこれだ。
| カテゴリ | 合計時間 |
|---|---|
| 睡眠 | 76.5h |
| 仕事 | 49.0h |
| 家族 | 37.0h |
| 自分の時間 | 29.2h |
| 投資・副業 | 11.0h |
| 通勤 | 7.8h |
| その他 | 6.5h |
| 家事 | 2.3h |
| 入浴 | 1.5h |
| 運動 | 1.0h |
数字にすると、感覚とのズレがいくつも出てくる。
まず通勤が10日で7.8時間。このうち多くを、ある1日の出張が占めていた。名古屋への日帰りで、往路2.5時間+復路2.0時間。その日は通勤だけで4.5時間が消えていた。「なんとなく移動が多い週だった」という感覚を、ここまで具体的な数字で突きつけられると、さすがに無視できない。狙いどおり、独立カテゴリにしておいたから見えた損失だ。
逆に意外だったのが自分の時間が29.2時間あったこと。1日あたり約3時間。「自分の時間がない」とずっと言っていたのに、数字の上ではそれなりに取れていた。ただし中身を見ると、その大半は子どもが寝たあとの時間(英会話、ツール開発、たまにゲーム)だ。「ない」と感じていたのは総量ではなく、昼間の、自分で選べる時間のことだったと分かる。感覚の「ない」と、実測の「ある」のズレに、問題の本当の在り処が見えた。
なお、前月比の列も用意してあるが、いまは本格的に記録を始めて日が浅いので、比較できる前の月がまだない。再定義の効果を「先月より通勤が減った」と言えるようになるのは、もう少しデータが育ってからだ。いまはまず、ありのままの一枚を撮ったところ。
「記録 → 集計」までは作った。「提案」はまだ
地図の回で、自分の道具には「記録 → 集計 → 提案」という共通の型があると書いた。時間会計は、いまのところ記録と集計まで。「ここを削れ」と向こうから言ってくる提案のレイヤーは、あえてまだ作っていない。
理由は、時間の使い方は家計以上に良し悪しを機械が決めにくいからだ。子どもと過ごした時間が多い月を「非効率」と言われても困る。だからまずは数字をフラットに並べるところまでにして、解釈は自分でやる。可視化が先、最適化は後。順番を間違えると、ただ自分を急かす道具になってしまう。
使っている技術
本体は、Claude Code(Claude)から呼べる小さなツール群——MCPサーバとして書いてある。実装はPythonで、記録は Google スプレッドシートに gspread 経由で1行ずつ足していくだけ。DBもサーバーも立てない。
「夜の会話に相乗りするプル型」を成立させているのは、2つのAPI連携だ。ひとつは Google カレンダーAPIから確定予定を取って1日の骨格を作る部分。もうひとつが、自宅の写真サーバー(Immich)のAPIを叩いて、撮影時刻を45分のすき間でクラスタリングし「この時間帯に何かあった」という手がかりを返す部分だ(写真は連写が多いので、枚数や長さは当てにせず、あくまで時刻のアンカーとして使う)。月次集計は、スプレッドシートを読み直してカテゴリ別に合計と前月比を出すだけ。要するに、API同士をつなぐ薄いPythonが一枚あるだけで、派手な基盤は何もない。
記録メモ: 時間管理術の本はたくさんあるけれど、たいていは「どう使うべきか」から始まる。僕はその手前の「実際どう使っているか」を知らないことのほうが問題だった。理想の時間割より、ありのままの実績。家計簿で学んだ順番を、そのまま時間に当てただけだ。
「自分の時間がない」は、ずっと感覚の言葉だった。それを数字にして眺められるようになっただけで、不思議と少し落ち着いた。次回からは、この時間会計と並んで動いている小さなログたち——一言日記や達成記録——の話に降りていく。