配当でFIREを測らない——「配当が生活費を超えたら自由」をやめた理由
「毎月の配当が生活費を超えたら、働かなくていい」。配当FIREの合言葉で、この分かりやすさには本当に力がある。僕自身、SPYDのような高配当ETFを保有しているし、配当の着地を毎月予測する道具まで作っている。
それでも、経済的自立の物差しに配当は使わないと決めている。今日はその理由を書く。先に断っておくと、これは配当FIREを否定する話ではなく、「私はこう設計している」という一人の設計メモだ。
理由1: 配当は成績ではなく、成績の「見せ方」だから
株式のリターンは、値上がり(キャピタル)と配当(インカム)の合計——トータルリターンで決まる。配当はそのうち、会社が利益を手元に届く形で払い出してくれた部分にすぎない。配当が多い株は、そのぶん値上がりに回る再投資が少ない。器の形が違うだけで、中身の総量を増やしてくれるわけではない。
問題は、配当を「自立の物差し」に据えた瞬間に起きる。物差しを速く進めたくなって、トータルリターンより配当利回りでポートフォリオを選ぶようになる。利回り4%の資産を積めば物差しは進むが、全体の成長がそれより鈍ければ、ゴールまでの総距離はむしろ延びる。物差しに最適化して、目的地から遠ざかる——僕が一番避けたいのはこれだった。
理由2: 配当は課税の前借りだから
配当は受け取るたびに約20%課税される。無分配で複利運転している投信なら払わずに済んだはずの税金を、毎年前払いする構造だ。長期になるほどこの差は複利で開く。
さらに悪手なのが、いま持っているインデックスを売って高配当に乗り換えることだ。売却益への課税と複利の土台の縮小という二重のコストを、確実に払うことになる。売らない前提のナビを作ったのと同じ理由で、この乗り換えはやらない。高配当枠は、新規の入金で決めた配分ぶんだけ淡々と買う。
理由3: 配当を「給料の代わり」にすると、無理をするから
月5万円の配当を「副収入」として追いかけ始めると、感覚が労働の延長になる。今月は増えた、減った、来月はもっと——となったときに、利回りの高いものへ高いものへと手が伸びる。利回りが異常に高い資産には、だいたい理由(減配リスクや元本の毀損)がある。インカムへの欲は、リスクの取り方を静かに歪める。自分がそうなりそうな自覚があるから、物差しから外した。
じゃあ何で測るか: 年間支出×25
僕のFIRE判定はシンプルで、資産総額が年間支出の25倍(4%ルール)に届いたかだけだ。分子はトータルリターンで育てた資産全体、分母は家計簿の実支出。配当はその中の一部として勝手に育っていればいい。
この物差しにも暗黙の前提が隠れていることは、教育費のシミュレーションで確認した。それでも「配当が生活費を超えたか」より、ずっと歪みの少ない測り方だと思っている。
意外な視点: インカムなら、もう巨大に持っている
最後に、この設計に確信を持たせてくれた視点をひとつ。人的資本の話だ。
会社員の給料は、毎月決まった額が振り込まれる。これはキャッシュフローの形としては、毎月利払いのある巨大な債券とほとんど同じだ。そこで、これから退職までの手取りを現在価値に割り引いて「債券」として金融資産の隣に並べてみた。すると、その大きさはいまの金融資産の3倍を超えた。
この債券込みで自分の総資産を見直すと、景色が変わる。金融資産の中だけで見れば株式は6割で「株に寄ったポートフォリオ」に見えるが、給料という巨大債券を含めた総資産で見ると、真の株式比率は14%しかない。つまり僕は、インカムが足りないどころか、すでにインカムの塊を抱えた超保守的ポートフォリオで生きている。
だとすれば、金融資産の側でさらに配当や債券を厚くするのは、同じものの二重持ちになる。働いているうちの新規入金は株式に寄せて、債券やインカムの枠は給料という債券が消えていくFIRE接近に合わせて埋めていけばいい。ここでも売却はせず、入金の向き先だけで少しずつ舵を切る。
高配当を全否定はしない
それでも僕はSPYDを持ち続けているし、配当が振り込まれれば普通に嬉しい。相場が下がっている月でも現金が入ってくるのは、狼狽売りを防ぐ心理的な支えとして実際に機能している。だから結論はこうなる——配当は、受け取って嬉しいインカムのひとつ。でも、自由になれたかどうかを測る物差しではない。
記録メモ: 物差し選びは、目標設定よりも行動を変える。「配当で測る」と決めた人は高配当を買い増し、「総額で測る」と決めた人はトータルリターンを積む。どちらも合理的に自分の物差しへ最適化しているだけだ。だから物差しは、自分が最適化してしまっても害のないものを選ぶ——道具を作るより先に、そこを決めるのが一番効いた。
配当の予測ツールも、分散度の診断も、うちでは全部「現状を眺める」道具であって、ゴールの判定装置ではない。数字は好きだけれど、どの数字に舵を握らせるかは、別の問題だ。