大学費の「谷」はFIREの後に来る——教育費×FIREを自作シミュレーションで検証した
家庭OSの連載で紹介してきた投資の道具は、どれも「いま」を見るものだった。いまの配分、いまの分散度、いまの定期課金。今回は初めて、未来方向に伸ばした話を書く。子ども2人の大学費と、FIRE後の取り崩しが正面衝突する時期がある——それをポートフォリオが耐えられるのか、という検証だ。
「教育費は別途2000万」で思考停止していた
FIREと教育費の話は、検索するとだいたい「大学までに別途2000万円用意しましょう」という経験則に行き着く。間違いではないのだろうが、僕が知りたいのはそこではなかった。
知りたいのは、自分の時間軸の上で何がいつ起きるかだ。長女と長男の大学在学は西暦何年で、そのとき自分のFIRE計画はどのフェーズにいて、ポートフォリオはいくら引き出されるのか。これは一般論では答えが出ない。だから自作でシミュレーションを組んだ。
まず時系列を並べて、意外なことが分かった
うちの計画を暦年に落とすと、こうなる。
- FIRE基礎額(年間支出×25の約1.13億円)への到達見込み: 2039年前後
- 子ども2人の大学在学期間: 2042〜2046年
- うち姉弟が同時に在学する「谷」: 2043〜2045年の3年間
並べてみて初めて気づいたのは、教育費の山がFIREの「後」に来ることだ。つまりこれは「大学までに貯められるか」という積立の問題ではない。取り崩しの最中に、生活費に加えて2人分の大学費を引き出してもポートフォリオが死なないか、という取り崩し生存性の問題だった。問題の種類を取り違えていたら、対策も間違えていたと思う。
シミュレーションの作り
仕組みは1本の暦年キャッシュフローだ。積立フェーズ(いまの資産に毎年の入金と運用リターンを足していく)と、取り崩しフェーズ(FIRE後、生活費+その年の教育費を引き出しながら残りを運用し続ける)をつなげて、2060年まで資産残高を追う。教育費は進路シナリオ別(国公立〜私立フル)に、文部科学省と日本政策金融公庫の調査ベースの判断値を置いた。
一番大事だった設計判断: 名目と実質を混ぜない
実は最初のバージョンは、リターンを名目(インフレ込み)で置きながら、教育費と生活費を横ばいにしていた。これは18年先の生存性を過大評価する。リターンだけが物価と一緒に膨らみ、コストだけが今の値段で止まるからだ。
そこで全部を実質(インフレ調整後)に統一した。すると——結論が反転した。名目混在では「余裕で耐える」だったものが、実質では際どい勝負になった。長期のシミュレーションは、モデルの中身より先に単位の整合で結果が決まる。これが今回いちばんの教訓だった。
結果: 1.13億円では先細り、1.5億円なら死守
実質リターン3.5%で回した結果はこうだった。
- 基礎額の1.13億円でFIREした場合: どの進路シナリオでも取り崩しフェーズで資産は先細り。2060年時点の残高は0.34〜0.71億円まで痩せる。破綻はしないが、老後に向かって細り続ける曲線で、安心して眺められる形ではない
- 1.5億円でFIREした場合: 私立フルのシナリオでも安全ラインを維持したまま2060年を迎える。唯一、教育費の谷を通っても水位が保たれる
さらに「私立フルに耐える最小のFIRE目標はいくらか」を逆算すると、実質リターン2〜4%の帯で1.33〜1.43億円と出た。
うちの目標は開設時から1.5億円としてきた。基礎額1.13億円に対する上乗せぶんは、正直「なんとなくの安全マージン」だった。でもこの逆算と並べると、1.5億円はビビりすぎの数字ではなく、子ども2人の進学不確実性をちょうど吸収するサイズだったことになる。感覚で置いたパッドに、あとから根拠がついた格好だ。
おまけ: 4%ルールの正体
副産物としてひとつ。教育費を全部ゼロにして「生活費だけなら、いくら要るか」を実質リターン別に出すと、実質3%で約1.51億円になった。年間支出×25(=4%ルール)の1.13億円で足りるのは、実質4%のリターンが続くという暗黙の仮定を置いたときだけだ。4%ルールを使うこと自体は否定しないが、その中に隠れている前提は、一度自分の数字でめくって見ておいてよかったと思う。
限界も書いておく
このシミュレーションはリターンを定数で置いている。つまり取り崩し初期に暴落が来る「シーケンスリスク」は測れていない。現実の相場は平均リターンどおりに毎年並んでくれないので、ここで出た結論は「平均的な展開なら耐える」以上のものではない。それから教育費の単価はあくまで統計ベースの判断値で、18年後の制度や物価がどうなっているかは誰にも分からない。谷の位置と深さの「地形図」ができた、くらいの受け止めがちょうどいい。
使っている技術
これも家庭OSの型どおりの薄いPythonで、進路シナリオや実質リターンなどの前提は設定ファイル(JSON)に外出しし、結果は年次の残高表としてスプレッドシートに書き出している。凝った金融工学は何もない。効いたのは技術ではなく、実質で統一する・積立と取り崩しを1本につなぐ・谷は取り崩し中だけ測るという3つの設計判断のほうだった。
記録メモ: 「教育費は2000万」という一般論は、金額の情報でしかない。自分の暦に落とすと「それはFIREの4年後、取り崩しの最中に、3年間まとめて来る」という時間の情報に変わる。お金の不安の正体は金額より時期であることが多い、と作ってみて思った。
長女と長男が同時に大学生になる2043年、僕は取り崩しフェーズの真ん中にいる予定だ。その年に慌てないための地形図が、いま手元にある。それだけで、教育費の話題への漠然とした身構えがずいぶん軽くなった。