FIRE到達予測は2年半で1年8か月早まった——でも「あのとき何年だと思っていたか」は残っていなかった
家計と資産の記録は、もう何年も続けている。毎月どこにいくらあるかは全部残っているし、それを眺めるための道具もひととおり作った。
それなのに、あるとき気づいて愕然としたことがある。
「1年前の自分が、FIRE到達を何年だと思っていたか」の記録が、どこにも残っていない。
残高は残っている。でも予測は残っていない。予測は毎回その場で計算して、眺めて、閉じていた。つまり僕は、自分の予測がどれくらい当てにならないかを検証する材料を、2年ぶん捨てていたわけだ。
記録していたのは「実績」だけで、「そのときの見通し」ではなかった
これは投資の記録として、けっこう致命的な抜けだと思う。
資産額の推移だけを見ていると、話はいつも「増えた/減った」で終わる。でも本当に知りたいのは、その増減が目標までの距離をどう動かしたかのほうだ。そして距離の見積もりは、残高だけでなく、そのときに置いていた前提(期待リターン、毎月の積立額)とセットでしか意味を持たない。
前提は変わる。積立額も変わる。だから「いま計算し直した予測」をいくら見ても、過去の自分の見通しがどう外れてきたかは永遠に分からない。予測の癖を知るには、予測そのものを時系列で保存しておくしかなかった。
というわけで、月初の棚卸しのたびに「その時点の到達予測」を1行ずつ追記していくログを作った。目標は以前の記事で書いた1.5億円。期待リターンは保守5%/標準7%/楽観9%の3本立てで、毎月の積立額は一定と置いている(額は伏せる)。
過去は「遡及」として埋めた。ただし実記録とは混ぜない
過去2年半ぶんは、もう取り返しがつかない。当時どう思っていたかは失われている。
そこで、いまの前提を過去の残高に当てて再計算するという形で埋めた。「2024年2月の残高に、いまと同じ前提を当てたら、到達は何年になるか」という計算だ。当時の実際の見通しではないが、少なくとも残高の変化が距離に与えた影響は同じ土俵で追える。
大事なのは、これを実記録と混ぜないことだった。ログには「種別」の列を作って、遡及なのか実記録なのかを必ず書く。遡及ぶんのメモには「【遡及=現前提を過去残高に当てた再計算】」と明記して、あとで自分が見て混同しないようにした。
遡及の対象も2024年1月以降に限った。それ以前は口座の構成そのものが違っていて、同じ物差しで比べられないからだ。きれいに揃わないデータを無理に伸ばすと、グラフは長くなるが信頼性は下がる。
2年5か月で、到達予測は1年8か月早まった
そうやって埋めたログの、標準7%シナリオでの到達予測がこれだ。
| 残高の時点 | 到達予測 | 残り年数 |
|---|---|---|
| 2024年2月 | 2043年3月 | 19.1年 |
| 2024年7月 | 2042年10月 | 18.3年 |
| 2024年10月 | 2043年4月 | 18.5年 |
| 2025年2月 | 2043年1月 | 18.0年 |
| 2025年5月 | 2043年12月 | 18.7年 |
| 2025年8月 | 2043年8月 | 18.1年 |
| 2025年10月 | 2042年1月 | 16.3年 |
| 2026年2月 | 2042年1月 | 16.0年 |
| 2026年6月 | 2042年1月 | 15.6年 |
| 2026年7月 | 2041年7月 | 15.1年 |
眺めていて、面白いことが3つあった。
1. 残り年数は、実時間より速く縮む
2024年2月から2026年7月まで、実際に経過したのは2.4年。その間に残り年数は19.1年から15.1年へ、4.0年ぶん縮んだ。
1年生きるごとに、ゴールが1.65年ぶん近づいている計算になる。積立と複利が効いているのだから当たり前と言えば当たり前なのだが、当たり前のことが実データで出てくると、体感としてはかなり違う。
そしてこれは、続けている限り加速する性質のものでもある。積立を止めない限り、この倍率は少しずつ上がっていく。FIREが「あるとき急に近づく」ように感じるのは、たぶんこれが原因だ。
2. でも、まっすぐには縮まない
表をよく見ると、2025年5月に到達予測が11か月ぶん後退している(2025年2月時点の2043年1月から、2043年12月へ)。2024年10月にも一度戻っている。
積立を止めたわけではない。相場が下げただけだ。
このログを作っていちばん良かったのは、この後退が残っていることかもしれない。前進だけを並べたグラフは、いずれ必ず自分に嘘をつく。「順調です」の記録しかない資産形成は、下げ相場が来たときに支えにならない。2025年の春に11か月ぶん遠のいて、それでも2年半でトータル1年8か月前倒しになった——この形で残っているから、次に後退したときに慌てずに済む。
3. 前提を1つ変えると、6年半動く
同じ残高、同じ日付で、期待リターンだけを変えるとこうなる。
| シナリオ | 到達予測 |
|---|---|
| 保守 5% | 2045年半ば |
| 標準 7% | 2041年7月 |
| 楽観 9% | 2039年初め |
幅は6年半。同じデータ、同じ日に計算して、である。
だから「僕のFIRE到達は2041年です」という言い方には、ほとんど情報がない。年率を2ポイント動かすだけで、その数字は40代後半から50代半ばまで自由に動く。予測の値は、前提の言い換えにすぎない。
見るべきは予測値ではなく、予測の「動き方」
じゃあ何のために記録するのか。
同じ前提で測り続けたときの動き方を見るためだ。
到達予測が2041年なのか2043年なのかは、正直どうでもいい。15年先の予測が当たるわけがない。意味があるのは、「同じ物差しで測ったとき、この半年で距離が縮んだのか、伸びたのか」という差分のほうだ。差分なら、前提が多少ズレていても正しく効く。
実はこれ、半年ごとに同じ英語の試験を受けることにした話とまったく同じ構造だ。絶対スコアの正確さは捨てて、条件を固定して差分だけを見る。測りにくいものを扱うときの唯一まともなやり方が、たまたま資産にも英語にも当てはまっただけなのだと思う。
「実記録」の行は、まだ1行しかない
このログには15行あるが、そのうち14行は遡及で、本当の意味での「そのとき記録した予測」は1行しかない。
つまりこの道具の価値は、まだ1ミリも発揮されていない。予測の癖——僕が楽観に寄りがちなのか悲観に寄りがちなのか——が見えてくるのは、実記録が2年ぶん、24行たまってからだ。
それでも作ってよかったと思っている。いちばん惜しいのは、2年前に始めておかなかったことだからだ。記録は、始めた時点から先しか価値を生まない。だったら気づいた日が最速で、今日がいちばん若い。
記録メモ: 資産のグラフは残高で描くのが普通だが、僕はこれから「残り年数」のグラフのほうを見ようと思う。残高は市況で上下するので気分が振り回されるが、残り年数は「あと何年働くか」という自分の人生の単位で書かれている。同じデータでも、単位を変えるだけで見え方がここまで変わるとは思っていなかった。
次の後退が来たら、そのときの行もちゃんと残しておく。都合の悪い行が残っているログだけが、あとで信用できる。